上林からの手紙
宮本百合子

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)樅《もみ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)菊飾のしるし[#「しるし」に傍点]をつけた
−−

 ふつか小雨が降って、晴れあがったら、今日は山々の眺めから風の音まで、いかにもさやかな秋という工合になった。
 山の茶屋の二階からずうっと見晴すと、遠い山襞が珍しくはっきり見え、千曲川の上流に架っているコンクリートの橋が白く光っている上を自動車が走っているのまで、小さく瞰下《みおろ》せる。
 まだ苅り入れのはじまらない段々畑で実っている稲の重い黄色、杉山の深い青さ。青苔がところどころについている山径では、山うるしの葉が鮮やかな朱黄色に紅葉して、樅《もみ》の若々しい葉の色を一層清々と見せている。
 こういう山径のつき当りに、広業寺という寺があって、永平寺のわかれなのだそうだが、尼さんがあずかって暮している。山懐の萩の生えた赫土を切りわったようなところに、一つの温泉がある、そこには何だか難かしい隷書の額がかかっていたので、或る日、裏道づたいに偶然そこへ出て来た私たちが好奇心を
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング