った。ろくの抜けているのはもう疑いなかった。彼女は、はっきり自分の貰う給金の額もききたださず、小松屋にいることを承知した。云いつけ、誰かが引廻しさえすれば、彼女はその後にくっついて、のたのた外鰐の足どりで何でもした、泥仕事でも、台処でも、苦情などは些も感じないらしい。いしは、最初考えていたのとは、全然違う目論見で、ろくをそう厭だとも思わなくなった。欲ばらず、惜げなく働かせられるから、下婢として重宝なばかりではない。彼女を家じゅうでの人気者、笑いの種にした或ることが、案外飲みに来る男の座興を助けることを発見したからであった。
せきについて、やっこらと敷居を片足ずつ跨ぎ、ろくは、膳や、飯櫃を抱えて客に出た。せきが、酒の酌などするのを眺めて、にたにたしつつ坐っている。自分も少し酒気を帯ると、せきは、きっと傍のろくに、
「ねえ、おろくさん、どう? この人じゃあ。きいて御覧よ」
と揶揄《やゆ》し始めた。曰くありげな言葉に、客は大抵、
「何だい」
と訊きかえした。
「いえ、ねえ、ハハハこのおろくさんがね、お嫁にいきたくて堪らないんですて。誰か世話してくれって、いつも訊いてるからね、貴方はどうかと
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