あなたここの姐さんですか」
「そうですよ、もう一人いたんだけれど行っちまったの」
「ねえ、私につとまるだろうかね」
「そう沢山お客もないし大丈夫だよ……私が教えてあげるわ。何て名なのお前さん」
「――ろく――ろくってんだけど……ね、あのね」
 ろくは、せきにすりよるようにし、真心を顔に現わして訊いた。
「あのね、おかみさんがお嫁にいく世話してくれるって本当だろうか」
 せきは、瞬間訳が分らないで、ろくの、黒くて皮膚の薄い、何だか臭そうな顔を見詰めた。
「――あらお前さん女中に来たんでないの」
「女中に来たんだけどね、重次さんが、ここのおかみさんはお嫁に世話してくれるったから」
「まあ、一寸おかみさん、おかみさん」
 せきは、大陽気になって、後からいしの肩をたたかんばかりに声をかけた。
「このひとは、おかみさんがお嫁の世話をしてくれるっていうんで女中に来たんですて!」
 いしは、面倒くさそうに、
「冗談じゃあないよ」
と呟いた。
「さあ、お前さん、このひとにあっちこっちの勝手を教えてやっとくれ、二三日だって何かのたそくにゃなるだろうから」
 数日経つうちに、ろくは、計らず一種の人気者とな
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