小村淡彩
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)啖呵《たんか》
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 お柳はひどく酔払った。そして、
「誰がこんなところにいるもんか、しと! ここにいりゃあこそ小松屋の女中だ、ありゃあ小松屋の女中だとさげすまれる。鎌倉へ帰りゃあ、憚りながら一戸の主だ。立派な旦那方だって、挨拶の一つもしてくれまさあ」
と啖呵《たんか》を切って、暇をとってしまった。喧嘩相手であったせきは、煮え切らない様子であとに残った。喧嘩の原因は、お柳の客の小間物屋が、せきばかりをこっそり海浜博覧会へ連れ出そうとしたことにあった。然し、ただそれぎりではなかった。七月二十日の村の祭礼を、小松屋では皆がしんから当にしていた。一昨年の大地震前までは、××寺がちゃんとしていたので、夏休みになると夥しい学生達が参禅に来た。方々の庵室に寝泊りするにしろ、それに必要な寝具、机、食事などは、小松屋が一手で賄った。小松屋に宿をとって山に通う人も殆ど一年中絶えることはなかった。半町ばかり離れた××寺が、その鬱葱《うっそう》とした杉木立の彼方で熾《さかん》に精神的活動を起すと、小松屋の台所は、それに
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