帯を巻きつけた装のせきに、
「ああ、却って気楽でいいね、私だってお前さんの方が好きさ。気ばかり強くて、あんな奴! 何をして来たか知れたもんじゃありゃしない」
と、愛素を云った。
威張る者がいなくなった代り、せきはいそがしくなった。彼女は、朝割合早く起きなければならなかった。昼になると、まるで暑い鉄道線路に沿って二十余も賄の出前をしなければならなかった。彼女の立場は丁度、働き者が二人では手が余りすぎる。然し、一人では無理だというところなのであった。
元、質屋の番頭をした亭主は、体も顔も小作りで、陰気な様子で天気なら畑仕事に出た。いしは、殆ど一日中襷がけで、台所や納屋の間を跣足《はだし》で往復した。出来るだけ材料をかけず、手をかけず、賄料理をしながら、彼女は種々考えた。彼女は、若い女中を前からさがしているのであった。十六七か、せめて二十どまりの。お柳やせきのように、三十近くまで流れ歩いた女など、何と使い難いことだろう。おまけに、綺麗ででもあることか!
実を云えば、いしには口惜しいことが一つあった。小松屋のつい近所に、たから亭という、矢張り酒を飲ませる家が一軒あった。碌に客間さえないよ
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