待った。実に待った。その引絞るような期待に報ゆべく現われた男は誰かと言えば、彼女達のげっそりしたのも無理はない。いつも××寺の高い段々を降りて夕飯に来る東京の本屋と、小松屋に十日ばかり泊って鎌倉の町へ移ったペンキ職二人きりであった。くさくさした彼女等は、半自棄になって音なしい本屋をとり巻き、いしを先頭に、小声で途方もない唄を唄っては、ジャランカ、ジャンジャン、
「ああ、こりゃこりゃ」
と騒いだ。が、翌朝、愉快に床を出た者は家じゅうに一人もない。どの顔を見ても文句がつけたそうであった。その鬱憤から始まった口争いでお柳とせきがいがみ合うのが、台所で、もちについた魚のしがくをしていたいしの癇癪に悉く触った。彼女は、骨格の逞しい、丸髷をのせた、写楽の絵まがいの顔を突出して叱った。お柳が負けずに遣りかえした。喧嘩は思いがけない方に飛火した。いしは、
「何もおがんでいて貰う女じゃああるまいし、大概にするがいいや」
ときめつけた。すると、お柳は、我意を得たというように、鎌倉へ帰れば云々と捨科白をなげつけて、さっさと引取ったのであった。いしは、田舎風な束髪に結い、どういうわけか看護婦のするような白い角
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