直なろくは、ちゃんと約束を守って、前日と同じ場処に行って見た。土方は何処にもいない。彼女は深く失望した。一人で黙っていられないぐらい失望した。それで、せきに打開けたのであった。
 いしは、せきからこれを聞くと、さすがに、
「本当かい」
と顔じゅうを伸した。
「見な! それだもの。……どこの国にお前女房にしてやるったって、いきなりそんな……だが土方の奴」
 いしは、いい気味そうに笑い出した。
「却ってびっくりしやがっただろう。あのこのこったから、きっと、今直ぐ女房にしてお呉れとでも云ったんだよ、馬鹿馬鹿しい!」

 この前後に、村では駐在の更迭があった。新しく来た巡査は、まだ二十七八の若い男であった。町の方でこそこそ泥棒や密会をよく捕えたので、一村を預る駐在所を貰ったのであった。村には、彼しか制服を着ている者がないから、純白の警官服はひどく目立った。彼は巡回の時でも、よくよく磨いて光る靴を穿き手袋までつけていた。剣や靴が麦畑の間など通るとき眩しいほどキラキラする。独身で、小松屋から数町の駐在所に寝泊りした。
 或る朝、まだ白々あけの頃であった。
 奥で末の娘を抱いて睡っていたいしは、何だ
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