、ガーゼがつめられてある。寒さと疲労とで、今もそこがずきずき痛み、頭の半分が重たい。その耳のうしろには手術の傷のほかにもう一つ、ひどいひきつれ[#「ひきつれ」に傍点]の跡があった。それは一九三〇年の冬、勉が「文戦」の方針に不服で脱退し、「戦旗」の活動に参加した当時、「文戦」の鳥打帽の写真で知られている石藤雲夫に、焼ごてを押しつけられたひきつれ[#「ひきつれ」に傍点]であった。

        二

 祖父《じっ》ちゃん。祖母《ばっ》ちゃん。アヤ子。勇。それにミツ子。これだけの人々が、間もなく上野のステーションから様々な色と形の風呂敷づつみと一緒に無言のまま小祝の二間のトタン屋根の下へ運びこまれ、床の間の上へまで煤くさい、どれをあけても襤褸《ぼろ》に似たもののつまった包みを積みかさねて生活しはじめた。
 勉夫婦の暮しぶりは変った。
 朝、五時、まだ暗いうちに貞之助が先ず床の上へ起き直り、ところ狭く眠っている一家の顔の上にパッと電燈をつけた。そして、煙草をふかし始めた。パン、パン。煙管《きせる》をはたいた。煙草盆は、祖母ちゃんがちゃんと出して置いてやるのである。
 物音で、昨夜二時頃床に
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