ればいいんだ。勉は強くそう思った。そうすれば、ミツ子が厄介になったのをいいことにして、勇の次男坊気質を助長させながら「長男の貴様」にまた食い下ろうとする狡い性根もいくらか癒るだろうし、勉の仕事の性質ものみこむだろう。こっちの暮しを目で見て、一緒に思い知ればいいんだ。
 説明されて見ると、乙女もそれを不自然なこととは思えなかった。
「――いいかしんないね」
 乙女は、眼を大きくしたまま、しかし腹からのように合点をし、舌を動かしてゆっくりと自分の唇を上唇、下唇となめまわした。
「――じゃ手紙書いてやろう……お前先へねれ」
 勉は、貞之助へ手紙を書き、それから別に長いことかかって薄い紙に何か書き、それぞれ別の封筒に入れ、一つの方を部屋の外へもって出て、どこかへしまった。
 床に入って、顔を障子の方に向けているだけで、乙女は眠ってはいなかった。勉が、お前さきへねれ、そういうときは、何もきかず床に入るか、台所わきの三畳へ行くかするのが、乙女の常識となっているのであった。
 勉は、こまかい字で物を書いている間、ときどき掻巻の袖から左の指先を出して、耳の傷を押した。骨を削られて耳の後はぺこんとへこみ
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