である。――
 長いこと黙っていた後、勉は中指に赤インクのついている手で親父からの手紙を縦に引裂きながら、
「いっそ、すっかり畳んで出て来いと云ってやろう」
 大してふだんと変りない調子で云った。乙女はとっさにそれをどう判断していいのか痺れたように勉を見た。そのうち彼女の二重瞼の眼は我知らずつり上った二つの眉毛の下で次第次第に大きくなり、寒さで赤らんだ鼻のさきとともに、びっくりした野兎のような表情になった。
 家財をたたんで、五人でここへやって来て、そして、どうして食うのであろうか。恐怖に近いものが幅ひろく彼女を圧しつけた。そんなことを考える勉も、親父にどこか似たところがあるのではないか。そう思った。
 然し、勉はそのことを今日一日、二通り三通りの活動の合間に考えつづけていたのであった。ミツ子を迎えに行く金も送る金も出来る見当はつかない。A市で、貞之助がますます食いつめるであろうことは目に見えた。東京へ出て、勇が働き、貞之助は納豆でも売り、祖母《ばっ》ちゃんはそのまめ[#「まめ」に傍点]で手ぎれいな性質で何か内職でもやれば、どうにか食っては行けるだろう。東京へ出て来て、自分らの暮しを見
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