た夫の顔をながめ、
「――祖父《じっ》ちゃん、ミツ子をいびってないだろうかね」
と静かに云った。乙女の声には、二重の心づかいが響いた。自分がミツ子一人ぐらいを育てかね、たださえ苦労の多い勉に家庭的な心労までかける。それを、ひけ目に感じるのであった。
 今年、田舎の二十日《はつか》正月がすんだ頃、アヤが、下手な、それでいて画《かく》のはっきりした字で、祖母ちゃんはこの頃死にたがってばかりいます、死ぬかと思って私は心配ですという手紙をよこした。重たい孫をおんぶって、強情な祖父ちゃんとの間にはさまり、苦心に疲れている半白の小ぢんまりした母親のおとなしく賢い顔つきが勉の目に髣髴《ほうふつ》とした。母親に対する思いやりから、勉はミツ子をとり戻すにしろ、そのまま送るにしろ入用な金策に心を悩ました。勉がプロレタリア運動に入るきっかけとなった詩は、金にならぬ。
 そこへ、種油のシミがついた今度の手紙が来た。勉がかえって物も云わず机に向い腰かけるとすぐ、乙女が勉の古紺足袋をぶくぶくにはいた足で小走りに電燈の球のない台所へ入り、湯たんぽをつくってあてがっているのは、炭を買う金さえ彼の交通費にいるからのこと
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