そういうものとして貞之助の納得のゆくように書き、わきに、この手紙は勇にも必ず読ますようにと書き添えたのであった。
 程経って来た貞之助の手紙は、そういう勉の努力が全く無駄であることを示した。貞之助は鈍重な狡《ずる》さを働かせ、暮しの行詰りの全責任をこの機会に長男である勉の肩にうつしてしまおうと、孫のミツ子をかせにつかいはじめたのであった。その時、勉は体にあわせてひどく大きい口元をパフパフというように動かし、乙女を鋭い視線で見て、
「俺は十八まで散髪に行ったこともなければ、猿又を買ってはいたことだってなかったんだ!」
と云った。好きな本を買う銭をとるために、勉は郵便局がひけてから、夜、繩工場へ通ったのであった。同じ繩工場へおふくろのまきも通った。そして、勉の髪を刈るバリカンと猿又を縫う布とを買い、末娘のひ弱いアヤの薬代を払った。
 勉は、そのおやじの手紙は焼いてしまった。何かで家をかきまわされたとき、そんな手紙が出、それを口実に運動をやめろなどと云われたら癪《しゃく》である。彼はそう思ったのであった。
 乙女は勉の憤る心持を同感したが、大きく二重瞼の眼を見開いて中耳炎以来変に髪が薄くなっ
前へ 次へ
全33ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング