杉の樹脂の香いが微かに漂って来て戸棚にアヤの骨壺がしまってある二間の家の縁ばたに匂った。
おそ番の日で、乙女が勉のテーブルに向い本を読んでいた。こんな天気で商いに出られない祖父ちゃんが長いことかかって新聞をよんでいたが、やがて、
「おウ」
火のない煙管を口からはなして乙女をよんだ。
「こんげにつらまっても、かまわぬものか?」
乙女は何事かと思い、
「どれ?」
立って行って新聞をのぞいた。三面の隅に、江東の職業紹介所で全協の労働者が二人あげられたことが数行出ているのであった。
祖父ちゃんの新聞のよみかたが違って来た。乙女はそれを最近につよく感じた。却って勇なんぞの訊かないことを、この頃祖父ちゃんの方が訊いた。祖父ちゃんは、黙って乙女のたどたどしい説明をきいていたが、暫くして咳払いをし、棒をつき出すように、
「――駄菓子売の組合つ[#「つ」に傍点]はねのか」
と云った。乙女は、何だかどぎまぎして、眉をつり上げた。
「――知んないね」
また暫くだまりこみ、祖父ちゃんは煙管をかんでいたが、その煙管をとると力を入れて灰ふきをたたき、云った。
「早く勉のいうような世の中になんねば困る!
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