簿をくってでもいるらしく暫く黙っていたが、やがてガチャリと佩剣の音をさせて足をふみかえた。
「それで……息子の勉っていうのが行方不明なんだな?」
乙女は、ミツ子の小さい桃色のズロースを握ったなり、耳の内がカーンとなるような気持である。祖母ちゃんは、いつものゆっくりした低い叮嚀な声で、
「へえ」
と答えている。
「どうして家出なんかしたんだね、子まであるのに――」
「…………」
「――放蕩かね」
「――まあ、そんなようなものでございます」
乙女は肩に力を入れて俯向《うつむ》いたまま思わずも笑いかけ、祖母《ばっ》ちゃん、でかした! 本当に乙女はそう思った。
三十年来、貧乏をしつづけながら、祖父ちゃんは自分ひとりでは飯もたけないままを押しとおしてどうやら勇も小学を出し今日まで暮して来た。いつか勉が、祖父ちゃんは祖母ちゃんで持っているのだと云った。こういう場合に、乙女は祖母ちゃんのその一生懸命な気働きを感じるのであった。
数日の間、乙女は「すずらん」の緑や赤の埃っぽい色電気の下でも、ふと「放蕩かね?」「――まあそんなようなものでございます」という二つの声をまざまざと思い起した。だが一度
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