に出ておると云ったけんどさ」
 乙女は、自分のいない留守を心配し、
「祖父ちゃんにもようく云っときな、ねえ」
と注意した。この頃、貞之助は天気がよければ古い乳母車を押して、子供対手の駄菓子を売りに歩いていた。
 夕方、およそ勇とかつかつの時刻に家の近くまで戻って来ると、祖父ちゃんは用心して裏の露路から空身《からみ》で入り、お石のいないのを確かめて表へ乳母車を押してまわった。一度かち合って、貞之助は細い売り上げの中からお石に十銭とられた。もう懲りているのであった。
 格子がガラリとあき、続いて乳母車の前輪を持ち上げて敷居を跨がす音がすると、ミツ子はどこからかそれをききつけ、抜からずころがり出して来た。
「お! お! じっちゃん!」
 強情そうな小さい額を剽軽《ひょうげ》た悦びの表情でつり上げ、
「かしくいて!」
 小さい足をとんび脚に坐って四角い風呂敷包みに黒い両手をかけた。
「これ、祖父ちゃんがあがってからむ[#「む」に傍点]らえ」
「いやーン! これ、あたいんちのよゥ……」
 祖父ちゃんは黙って上り框《がまち》に腰かけ、砂糖のかかったビスケットを一つ二つミツ子の手に握らした。ミツ子は
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