は故郷というものがなかった。――
 居据ったような上京当時からの貞之助の態度が、次第に失われはじめた。乙女はそれを、祖父ちゃんの坐り工合からさえ何となく感じた。
 新しく借金がふえてから、お石は三日にあげずやって来た。勉はこの頃家へよりつかないらしいがどうしているかだの、乙女の出ているカフエ[#「カフエ」に傍点]はどこかだの詮索するときいて、乙女は、
「祖母《ばっ》ちゃん、気いつけな」
 瞼に力を入れ、真剣に云った。
「何されっかしんないよ」
 金になることなら何でもしかねない。自分のいるカフェーへ押しかけて来る位ならまだましだ。そう思って乙女はお石に恐怖を感じた。そのとき、祖母ちゃんは、わかったような、分らないような工合で、
「そうだなあ」
と答えていたが、寝てから考えたと見え、次の朝、台所のバケツで乙女が勉のシャツを洗っていると、わきへ来て洗濯ものをかき廻そうとするミツ子をおさえながら、
「――伯母《おんば》は、きのう来たとき、乙女も赤の手つだいしているんだろと、云っておった」
と報告するように告げた。
「ほーれ、見な! 祖母ちゃん何て云った?」
「――カフエに出ておるもん、カフエ
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