皆そんなんかと思うだろうと思ってさ」
 祖父《じっ》ちゃん祖母《ばっ》ちゃんが来て暮すようになってから、すっかり睡眠不足になった勉は、頻繁に耳のうしろの傷を押えながら、むっつりして乙女の云うことを聞くだけで、自分から決してカフェーの模様など訊こうとしなかった。
 乙女が少し立てつづけて喋ったりすると、不機嫌に、
「もういい。ねれ」
と云った。勉はカフェーの女給と乙女とを結びつけて感じることに馴れ得ないのであった。
 では、乙女がそういう稼ぎにいくらかでも向いたかと云えば、どうして、勉が、或は乙女自身が考えているよりもっと、女給らしくもない妙な女給であった。
 乙女の持番の客が来る。ボックスにどっかり腰かけ、
「さて、カクテールでも貰おうか」
 すると、わきに立って眉をつり上げ、眼じろぎもせず註文を待っていた乙女が、
「カクテール一杯ね」
 必ず念を入れて繰返し、自分自身に向って合点合点をしながら、眉をつり上げて去って、註文されたものを運んで来る。
 客が、手を出して、乙女の体にさわろうとでもすると、乙女は、器用にはぐらかすことも口で賑やかに応酬することも出来ず、手など握られたまま、音《
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