ね》も立てず体をちぢめ、高く高く二つの眉をつり上げた。美しいところのある乙女の顔は急にまたびっくりした野兎のように必死な表情になった。客は思いがけない変化に、馬鹿らしいような、照れたような気になり覚えず真顔にかえって手を離し、やがて、
「!」
 舌打ちをするのであった。
 見習期間を入れて二十日ばかり働くと、乙女は「麗人座」をクビになった。いつまでたってもサービスを覚えないからと云うのである。
 勉が寝床の中へまで本をもって入りながら、
「サービスって、みんなどんなことをやるんだ?」
と、はじめてそのときになってきいた。
「――わかんない!」
 ウェーヴをかけた頭をふって、乙女は悄気《しょげ》た。
「わかんない!」と力をこめた云いかたが勉に四年前の乙女と自分とを思い起させた。
 硝子障子のところに「豚肉アリマス」と書いた紙を貼り出した肉屋が、A市の端れにあり、乙女はそこの娘であった。勉の従弟が重い眼病で、A市の眼科に入院したとき、その病院の手伝いとして乙女が働いていた。二人は段々口をきくようになり、郵便局に勤めていた勉は、「戦旗」などをかしてよました。乙女は小学を出たばかりだが、注意深
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