ら。
 ところが、率直に云って、どれも私の心持には当っていない。私や、私のような無籍者の美術批評家達は、ちっとも憐れまれる必要もなければ、あぶなかしがられるにも及ばない。
 私共は、始めから何も買う気などはないのだ。美しいもの、愛らしいもの、珍しいもの、そう云う限りない都会の美的富の種々を自由に、負担なく眺め、其等の形、色、線と音との微妙な錯綜から湧き出て心の裡に流れ渡る快感、空想、美の又異った一つの分野の蓄積が、何より嬉しい私共の獲物なのだ。
 人間の推移する興味を素早く見てとる商人達は、飽るまで仮令その商品がどんなに尊いものであろうと、彼等の飾窓には出して置かない。程よく、斬新な色調の織物、宝石の警抜な意匠、複雑な歯車、神秘的なまで単純な電気器具、各々の専門に従って置きかえる。
 それ等の窓々を渡って眺めて行く私共は、東京と云う都市に流れ込み、流れ去る趣味の一番新しい断面をいつも見ているようなものではないだろうか。受身に私共の観賞を支配される形ではあるが、一都市が所有する美の蔵の公平な認識者、批評家として、趣味の浮浪人は暗黙の裡に重んぜられる当然の運命をもっている。何故なら、必要、
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