巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見ると、若者はまださっきから同じところに立ったまま身動もしずにいる。
彼は、往来を歩いていたときとはまるで違うなごやかな、恍惚とした風で魅せられたように一つの鉢を見入っているのである。
それは、今を盛に咲き満ちた見事な西洋蘭の一鉢であった。
鮮やかな形のうちに清い渋みをたたえたライラック色の花弁は、水のように日を燦かすフレームの中で、無邪気な、やや憂いを帯びた蝶が、音を立てず群れ遊ぶように見えた。
飴緑色の半透明な茎を、根を埋めた水苔のもくもくした際から見あげると、宛然《さながら》それ自身が南洋の繁茂した大樹林のように感じられた。
想像の豊かな若者なら、きっとその蔭に照る強い日の色、風の光、色彩の濃い熱帯の鳥の翼ばたきをまざまざと想うことが出来るに違いない。
そう思って見れば、これ等の瑞々しい紫丁香花《むらさきはしどい》色の花弁の上には敏感に、微に、遠い雲の流れがてりはえているよう
前へ
次へ
全16ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング