ら、瞳を耀かせ、次の窓に移る。
 その間にも、私の背後に、活気ある都会の行人は絶えず流動していた。
 通りすがりに、強い葉巻の匂いを掠めて行く男、私の耳に、きれぎれな語尾の華やかな響だけをのこして過る女達。
 印袢纏にゴム長靴を引ずった小僧が、岡持を肩に引かつぎ、鼻唄まじりで私の傍によって来た。どんな面白いものを見ているのか、と云う風で。
 彼は、一寸立ち止る。じろりと見渡す。何処も彼処も、彼には一向面白可笑しくもないラムプスタンドばかり並んでいるのを認めると、忽ち、「なあんだ!」と云う表情を、日にやけた小癪な反り鼻のまわりに浮べる。
 もう一遍、さも育ちきった若者らしく、じろりと私に流眄《ながしめ》をくれ、かたりと岡持をゆすりあげ、頓着かまいのない様子で又歩き出す。三尺をとっぽさきに結んだ小さい腰がだぶだぶの靴を引ずる努力で動く拍子に、歌い出した鼻唄が、私の耳に入って来る。
 私は、思わず微笑する。
「小僧さん。ただ見たばかりじゃあ勿論詰らないさ。一寸、あの青珠の下った、雲の天蓋のような色をしたスタンドを真中にして絵を画いて見給え。中に灯がついたらどんな明りがさすだろう。繞りに置いて
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