クセントをつけながら、笑顔とともに遠慮深く、一級の売ものをすすめているのだ。
 見ていると――ほら、一人の鳥打帽の男が不自然な弧を描いて、一層低く彼の上に傾いた白羽毛飾の傍からどいた。次の通行人に頼んでいる。頼まれた若い女は顔を赧らめて断った。見なさい、男が二人、狡く露西亜婦人の背後をすりぬけた。彼女が声をかけようとした三人めの紳士は――。ほう何と云う素ばしこさ! するりと忽ち群集の中に紛れ込んでしまった。(彼方を向いてはいるが、私は彼女の唇に浮ぶ頼りない苦い微笑が見えるようだ。)が、それではいけない。彼女は気をひき立てる。又そろそろと、辛い頬笑みを用意する。
 私がほんの子供の時、父が一冊の歌の譜を買ってくれた。百、英国の子供達が普通唱う唱歌を集めたものであったが、中に「私の奇麗な花を買って頂戴な」と云う歌謡があった。
  きらきら瓦斯燈の煌く下に
  小さい娘が 哀れな声で
  私の奇麗な花を買って頂戴な と
  呼びながら立っている。
 歌詞の細かなところは忘れた。けれども、絶間ない通交人は、誰一人この小さい花売娘に見向きもしないで通りすぎる。それでも、未だ彼女は、
  輝く瓦斯
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