に数団、待ち遠しげな眼つきで自分の乗ろうとする電車の来る方角を眺めている。
 ほんの一時間半も経てば、此十字街の有様はまるで変るだろう。如何にも東洋の夜らしく鋪道の傍に並んだ露店を素見しながら、煌らかな明りの裡を、派手な若い男女の組、幸福らしい親子づれがぞろぞろ賑やかに通るのだが、今は、一とき前の引潮だ。道傍で生れた浮浪人さえ此世には無い自分の家を慕わせる逢魔が時だ。
 シャンシャン、シャンシャン。夕刊売の鈴の音が、帰心にせかれる行人の心に、果敢《はか》ない底さむさを与える。
 ぽつり、ぽつり、彼方此方に瞬き始めた街燈の蒼白い光とともに、私は、いよいよいそいだ。が、目ざして行く停留場から、半丁程も手前に来た時、不図或るものを見つけ、私はそれとない様子で鋪道からそれた。
 隙を見て雑踏する車道を突きり、例の桃色塗の料理店の下に立った。電車はまだ彼方の遠い角にも姿を現わさない。
 群集の間から、私は、自分がそれて通った彼方側の街頭を眺めやった。
 小刻みに上下に揺れ揺れ流れ動く人波の上に、此処からでも、婦人帽の白い羽毛飾が見えた。黒繻子の頂や縁も。
 然しそれは、鋪道一体の流れに沿うて前か
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