って、何も、僕にこんな意味深長な矢文を投げて寄来さないだっていいじゃあないか? 底意が癪に触る。どうしろと云うのだ!(次第に語気烈しくなる)
やす子 (感動した顔をあげる)……だって、――それは嘘ではありませんことよ。貴方!(凝《じ》っと良三を見る)
良 三 嘘ではないって――書く動機がか?
やす子 ええ。――それは確に少し何だか……そうね、芝居がかりかも知れないけれども、ほんとはほんとですことよ。あの方は、ほんとにそういう感動に打れてお書きになったのですわ――(低い、厳かな声)一体、貴方、何をなさったの?
良 三 何をなすった? ハハハ(神経的な笑)細君に迄そう詰問されちゃあ立つ瀬がないね。何でもありゃあしないのさ、(自ずと弁解的な口調に落ちる)ほら、いつだったか、余程前に、岡や何かと釣に出かけようとしている時、柳田から電話が掛ったことがあったろう?
やす子 (手紙をとりあげ、見るともなく眺め、考えに沈んでいる)そうでしたかしら、思い出せませんわ。
良 三 その時、奥さんが自分で電話に出て、僕に来てくれと云ったのさ、去年生れた子が、どうも呼吸器を悪くしているらしいからってね。然し、僕
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