や子、つや子。(あやしながら職業的な落付を失わずに脈を数える)ふむ。
た み (殆ど馳けて二品を持って来る)はい。
良 三 (反射鏡で耳の内部を照して見る。息を潜めた周囲の沈黙。無言の裡に自分の位置を変えたり、つや子の頭を動したりした後)見えないね一向。中が汚れているせいだろう。
やす子 (急に良三をせき立てる)仕様がないわね。貴方で駄目なら、どうぞ早く横田さんにお掛けになって頂戴よ。熱を計って見ますから。ね?
良 三 そうしよう。(行きかける)
やす子 (後から)頭でも冷してやらないで大丈夫でしょうか。
良 三 (廊下へ踏み出しながら)まあともかく聞いて見よう。(去る)
やす子 (身も世もあられない様子で、泣きじゃくるつや子の顔を見つめる。涙がひとりでに頬を落ちる。強いてはっきりした声で、その方は向かずに)たみ、ぱいぱいさんを持って来て御覧。
た み はい。空《から》ぱいでよろしゅうございますか?
やす子 ああ。早く。
[#ここから4字下げ]
たみ、急いで茶箪笥のガラス器の中からゴムの乳首を出して来る。
やす子、片手でこれをつや子にあてがったまま耳を澄ます、ベルの音。話声がはっきり聞
前へ 次へ
全20ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング