味深い空虚のままに居れ。
やがて お前等は
繰れど、繰れど
つきぬ 人類の喜怒に
愕き 畏れて 静かなケイを震わせる時が来るだろう。

  八月三十日

不図 軌道を脱れた 星一つ
   宏い 秋の空間を横切って
         墜ちた。

何処へ行くのか――
自然は息をひそめ
その青白き発光体の尾を凝視《みまも》る。
何処へ落ちようと云うのか――

 私は 知って居る。
自ら わが心の流れよる
かの遠い 遠い 樹林の蔭に
青春の
落ちた 星はあるのだ。

  パンよ!

パンよ! パンよ!
快活な古代のパン!
どうぞ お前の愉快な 牧笛で
わが 胸を浄めて呉れ
この寂しい微笑を忘れさせて呉れ
一生の恋 わが愛
わが愛はあわれな〔五字分空白〕となる。
憤りもし得ず、わが痴かな恋人の面影も 忘れ得ず
身を喰う苦しさが
しんしんと魂にしみ入るのだ。

ああ 昔の無心が欲し
(十八歳の理性!)
あの 雲のない 空が恋し

パンよ、パンよ
お前の笛の音によって
私の若さは還らないか。
きらめく 五月の光は戻らないか。

     *

わが ひと
貴方は 今 何をして居ます
都会から数百里

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