淋しい田園の裡にあっても
貴方の、面影は わが心の前に立ち
動作が、ありありと眼に写ります。
やや古びた八畳
大きな机や 水鉢の金魚
貴方は白い浴衣を着
今は書籍の前に
今は 縁に
又は水を打った庭樹の面を
いかにも東洋人の安易さを以て
ひっそりと打眺めて居られるでしょう。
遠く離れ
心では 又と会うまいと知りつつ
静かに 面影を描く
私の心が わかりますか。
一度《ひとたび》、わが良人と呼べば
縁は深く 絆は断ち難い
ただ一人の女として 私はどれ程
男たる貴方に恋着するだろう。
打ち顫える抱擁と
思い入った瞳を思い起せば
私は 心もなえ
獣となって 此深い
驚異すべき情に浸りたいとさえ思う。
けれども
わが ひとよ!
わが ひとよ!
ああ 貴方は。――
神よ。
私は
授けられた貴方 命を
懼《おそ》れ畏こみ従おうとしつつも
わが胸の苦しみを
殆ど耐え難く思います。
*
何と云う 哀愁!
八月の空には雲が多く
白く金色に 又紫に輝いて
地に 穀物は実り たわわなれど
ああ 何と云う哀愁!
心 堪え難く痛み
耀きも 色彩も
その悦びを忘れ果たようだ。
嘗て わた
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