一つ一つ
新らしい現象《ケース》を究める毎に
私は生命の知識が
それ丈拡がった歓びを 感じずには居られないのだ。
*
六月十六日
落付いて、小説を書くようになったら
又私の処から
詩らしい言葉の調子が逃げ去った。
詩は波、揺らぐ日かげ
理性は潜んで、静かにとける情操から
陽炎のように思いが きで燃え立つのだ。
けれども、小説は、全く一面の努力
頭を整え、思いをただし、
運命の神のように
我を失わず、描く人間の運命を支配しなければならないのだ。
麗わしい晩春の日とともに
軽々と高く飛翔した私の心は
今 水のように地下に滲み入り
生えようとする作品の根を潤おす。
*
わが芸術のことを思い
その孤独さを思うと
私は 朗らかな天を仰がずには居られなる[#「なる」に「ママ」の注記]。
神よ、貴方が私に期待して被居るものは何ですか
何が、貴方の命令を満す資として、
私には与えられてありますでしょう?
当なく、茫漠として「夢は枯野を馳けめぐる」
けれど、一点 わが信仰は失せず
身を献げた犠牲台《にえだい》のように
朝に夕 只管《ひたすら》清浄な煙を断やす
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