る心力さえあれば
精神の深奥の殿堂に詣れる霊魂さえあれば。

然し、考えなければならないのは
若し、左様に精神が強ければ
きっと、独自な宗教や
哲学――等しく人間、宇宙を極めようとする
意欲、探求の現れが生じるのではないかと思う。

近頃、私は、封建時代、明治三四十年代の日本人と
今二十四五歳の日本人との間に
実に明かな差が生じたのを感じ、
此を、深い考えとして、心に持つ。

  考 (二)[#(二)は縦中横]

創作をするにも
種々な動機が(内的に)あると思う。

或人はイブセンの如く
燃え立つ自己の正義感と理想とに
写る人間の愚悪に忍びず
詰問から、書く人がある。
或者は、ゲーテの如く(恐らく)
思索の横溢から
或は又、外界と調和し得ぬ
孤独な魂の 唯一の表現として
人類は、多くの芸術を献げられて来た。

さて、
私は何で、一つの小説を書くのだろう、
勿論、共通な、人間の、真に触れたい希望からだ。
然し、憤ってではなく、憂えてではなく
すべてのものを愛して――i・e、
子供のように
種々なものを、よろこび、好奇を持ち
手にふれ、ほぐし、あらためて
又組たてたくて、書くのではないか。
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