になっているのである。
 面長な、やや寥しい表情を湛えた彼が、二階の隅の、屋根の草ほか見えない小部屋に坐っているのを一覧し、自分は、彼の日本観を不安に感じた。
 柔い色のオール・バックの髪や、芸術観賞家らしい眼付が、雑然とした宿屋の周囲と、如何にも不調和に見えたのである。始め、彼はAを思い出さないように見えた。何となく知ろうと努め、一方用心しているように感ぜられ、自分の私《ひそ》かな期待を裏切って、初対面らしい圧苦しさが漂った。彼の妻で、知名なダンサーであるラタン・デビーのことなどをきいているところへ、女中が名刺を取次ぎ、一人の客を案内して来た。その顔を何心なく見、“Glad to see you”と云いながら、自分は思いがけない心地がした。
 この人は、先赤門の傍で見た男ではないか!
 印度人のクマラスワミーに会いに来るからには、この人も同国の生れであろう。クマラスワミーは、簡単に、外国語学校で教えている同国人で、アタール氏だと紹介してくれた。
 暫く話してから、西日の照る往来に出、間もなく、自分は、アタールという名を忘却した。
 それから、クマラスワミーとは友情が次第に濃やかになり
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