ければならない社会の客観的な正義、道義というものと、案外にも喰い違った大小の歯車となって廻転していることを発見するのである。
この作者の有名な長篇小説に「女の一生」というのがある。今から四年ばかり前、丁度日本では左翼の全運動が歴史的退潮を余儀なくされるに至ったはじまり頃の作である。
本屋へ行って、「女の一生」とだけ云ってたずねれば、店員はモウパッサンの「女の一生」を持ち出して来るのである。が、この傑作と同じ題をつけたところにこそ、作者山本氏の意気の高いものがあったと思われる。モウパッサンの描いた女の一生ではない女の一生を山本氏は私たちに示そうとしたことは自明である。フランスの旧教の尼僧教育にとじこめられて、白く脆い一輪の無垢な花弁のような貴族の娘が、結婚の第一日から良人に欺かれ、やがて息子にすてられ、悲惨にこの世を終った。そういう受け身な一生ではなく、女が自分から自分の道を選び、それに責任をもち、人間として女として完成しようとする女の計画あり意志ある一生を允《まさ》子の生きかたで語ろうとした作である。
幼な馴染で好もしく思っている男を親友が愛人としてしまったことから、允子は深く
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