見ると、この作者の持つ文章の平明さは、鮮明な描写によって読者の心にひき起される立体的な溌剌たる形象の鮮やかさではなくて、懇切に作者の思惑を読者に向って説き聞かせる説明的文章の納得し易さである。文学的な香気というものはまことに乏しい。けれども、作者がその人物に云わそうと意図している範囲では噛んでふくめるように云っているから、分り易い。平明であるというねうち高い特長とともに、この作者の持ち出す人間の言葉にも、人間そのものにさえ性格的な色調というものは極めて薄い。それぞれの人物が、現実の中から生のまま切りとられて来ていて、時には作者をうちまかすと思われる肉体的、感覚的な動きを示すのとは全く反対に、各人物は、作者山本有三が編み立てた事情を展開してゆくための説明として、裏漉しを通して、私共読者の前に出され、ものを云い、動くのである。そして、仔細に作品の現実に入ってながめると、この作家が作品の主調として主観的に提出しているこの人生におけるある道義、正義、誠意というものの実質が、もし真実この社会に要求されているならば、当然その可能のために作者がよく云うとおり、望む望まないに拘らず承認され、評価されな
前へ
次へ
全34ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング