、必ず何等かの意味に於て、太陽に向って手を延していないものはないと思います。」と云っている言葉には、不如意な境遇と闘ってこの矛盾の多い社会に自分の名札のかかった生存席を占めるために音のない、しかし恐しい競争を経験したものの感慨がこめられているのである。
 山本有三氏は、斯様にして獲得された今日の彼としての成功に至る迄の人生の経験から、次第に一つのはっきりとした彼の芸術の脊髄的テーマとでも云うべきものを掴んで来ているように見える。それは、予備条件として在来の社会機構から生じた各個人間の極く平俗な生存競争の必然を認めつつ、だが、窮極のところ、人生の意義というものは、人間対人間の目前の勝敗にあるのではない、「持って生れたものを誤らないように進めてゆく、それが修業」であり、そのためになすべきこと[#「なすべきこと」に傍点]を只管《ひたすら》にやって行く人間の誠意、義務、試み、感激の裡にこそ人生の価値がかくされている、という一貫したモラルである。「熊谷蓮生坊」という戯曲は、この作者の脚本として決して優れたものではないが、以上のようなこの作者の人生及び芸術的骨格を全く透きとおしに浮上らせている意味
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