して見たり、夢想して見たりはしたけれども、不仕合わせなことには、文字が生れつき性に合わないと見えて、一字覚えるに、非常な苦しみをしなければならないのが、いつも彼の愛すべき得意に、暗い裏をつけた。
 村の仲間に自慢されるのに張合づいて、手紙は立派に書きたい、立派に書きたいという必要に迫られて、手習いはする。
 けれども、読むこととなったら、もう駄目である。始めの五六字こそ、気根をこめて、大きな眼を見張りながら、四苦八苦して読み下す。二度も三度もその五六字を往来して、ようよう訳が腑《ふ》に落ちると、また次の五六字へ辛うじて進行する。蛞蝓《なめくじ》が這うようにといっていいか、何といっていいか、驚くべき緩さで、長閑《のどか》に辿っているうちには、とかく気まぐれな考えの緒が、あらぬ方へ紛れ込みそうになる。それをつかまえつかまえ、一方では時間を超越したその努力を続けて行けるほど、彼の脳髄は細かくない。異常な忍耐をもってたかだか一二行も読むと、残酷に本を投げ出して、大欠伸《おおあくび》をする彼は、もじゃもじゃな頭の上で不釣合なちょん髷を踊らせながら、いたずらを始める。本を読んだときにかぎって、その
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