あとの「あたけかた」はひどかったのだそうだ。
 或るとき、何でも行った年の暮れ頃らしい。いやな本に、気が鬱していた彼は、日向のぽかぽかする本堂の縁側に腰をかけて、両足をぶらぶら振りながら、相手欲しそうにあたりを眺めまわしていた。和尚さんが留守なので、納所《なっしょ》の方もひっそり閑として、どこかで寺男の藁を打つ音が、木魚のように聞える。
 ときどき思い出したように洟《はな》を啜り上げながら、当もなくさまよっていた彼の眼は、やがてフトかなたの鐘楼の中に、大きな体をのっしりと下っている、鐘の上に吸いつけられた。
 まだ子供だった彼に、鐘楼は禁断の場所であった。火事か、異変のあったときででもなければ、刻限以外の鐘は撞《つ》かないことになっていた時分のことであるから、いくら可愛がっている三郎坊主にも、鐘だけは触らせなかったのである。
 その、禁制の鐘を見ながら、やや暫く首を捻っていた彼は、何と思ったのか急にそわそわしだすと、堪らなそうに首をすくめてほくそ笑むなり、どこへか駆け出した。そして瞬く間に六七人の仲間を引きつれて来ると、一人が納屋から古俵を持ち出す、他の者が細引きを引きずり出す、枯木を
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