そのとき、彼は、旦那様がそう云っていなさるような心持がした。そして、急に涙がこぼれ出した。
 もう死のうとは思わなくなったかわり、今まで、悄《しお》れきって来た心が、ピーンとするほどの新しい勇気が与えられた。
 彼は心から頭を下げた。その人をとおして、彼は旦那様を、拝んだのである。
 それから、御馳走になりそれとなく励まされた彼は、帰途に貰った金で、七面鳥を買って背負って来た。
 彼の肩はまた、毅然として蛆虫奴等に向って聳やかされたのである。
 七面鳥の卵を売ったり、下駄の歯入れをしたりしても、気儘な彼は、十分なだけ金が取れない。今まで要らなかった家賃、税などというものまで取られるので、暮しはだんだん難かしくなって来る。
 難かしくなろうがどうなろうが、彼は一向平気で放って置くから、なおひどくなって、婿に食扶持《くいぶち》まで貰わなければならないようになってしまった。
 それでも、彼は平気らしいが、今度は婿の方で放っては置かれない。俺の世話になるからには、口を減らすに、役にも立たない女房と別れてくれと、申込んだ。
 彼は、「ウン、そうすべ」と、言下に承知した。そして女房にも、身の振
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