らわしい者だと思われたと思うと、彼は歯が鳴るほど腹が立った。

        十三

 彼は、山沢さんのお墓の前へ跪ずいて、散々口惜し泣きをした。
 のめのめと生恥をさらしていられないほど、口惜しかった。
 昔の士は、自分の潔白のためには、命も捨てるものだったという、旦那様の言葉を思い出した彼は、即刻に或る決心をした。
 彼は、男らしく旦那様の墓の前で、腹掻っさばいて、蛆虫等に、目に物見せてくれようと思ったのである。もちろんその心持の奥には、そうしたら、旦那様も、俺を見損なった奴だとは、お思いなさるまいという、可憐な心持もあったのである。
 なぜそれがあったか分らないが、彼は自分の「守り刀」をあずけて置いた、ある士あがりの人の処へ行った。
 そして何気なく刀のことを持ち出すと、彼の顔をちらりと見たその人は、軽い調子で、あんなものを、今頃何で思い出したのだ。もうとうの昔に、一円五十銭で売ってしまったよ、と云った。
 それから急にいずまいを正して、三郎爺の顔をみつめがら、
「貴様の太い胆っ玉はどうした。山沢さんに済むまいぞ」
と、非常に温情の籠った、けれども厳とした声で云ったのだそうだ。
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