らないが、彼は無罪で許された、そのとき、署長が、
「偉い目に会わせて、気の毒だった」と云って、非常に鄭重に扱ったということを話すと、彼の口辺には、今もそのときのままの微笑が浮ぶのである。
かように無罪で放免はされても、山沢さんの未亡人は、もう構えの中に置くことは出来ないと云った。
そんなことをする者を置いては、山沢の名に関わると云った。
これを聞いた、彼は、もう心を定めた。しないと現にお上でさえ認めてくれるものを、すると云って憤る人に彼は、説明したいとは思わなかった。哀願するには、あまり彼の骨は硬い。
彼は、おろおろする女房を励まして、荷を纏めるなり、五年以前引越して来たより、もっと簡単に、出て行ってしまった。
そして、村端れの小さい小屋に住むことになった。
もう畑もないしするので、下駄の歯入れや、羅宇《ラオ》のすげかえをして稼ぐほかない。先よりなお貧乏しなければならない。
そんなことは、彼にとって何でもないことであった。が、がまんのならないことが、一つある。
曲ったことは、爪垢ほどのことでも、自分にも人にも許さないこの俺が、「この俺が」下らない蛆虫《うじむし》共から穢
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