悲しいとも、がっかりしたとも、云わなかったのに、皆はびっくりしたり、失望したりした。
誰が、言ったというのではないけれど、人々は山沢さんの死と同時に、悲歎に沈む彼を待ち望んでいた。
何だかきっと、そうに違いないという心持がしていた。
けれども、彼は、皆が自分にそんな気持を持っているのを知ると憤然とした。
彼は、亡くなった旦那様以外の一人にも、自分を憐れむことは許さなかった。命令することは許さなかった。
旦那様が、ただ一人の自分の主人であった。そして今も主人である。
旦那様が、俺が死んだら泣けと云いなすったら、俺はいくらでも泣く。が、旦那様は、しっかり遣ってくれ、頼んだぞと云いなすったではないか。
「俺あ、泣いちゃあ済まねえ。泣くなあ、馬鹿でも知ってる、なあ旦那様……」
彼は、そう思いながら、いつもの通り、大きな声で通夜の者の世話などをやいた。
けれども、山沢さんに死なれてから、彼の生活は、案の定詰らない、張合いのないものになってしまった。彼は先ず、「急に眼が片一方潰れたような」物足りなさと、不自由とを感じた。
旦那様は、彼にとって、欠くべからざる一つの眼玉であった。そ
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