心配もいらないで楽だと思ったから、それが宜かろうと云った。もちろん山沢さんが、そうしろと云いなすったと思い込んでいたのである。
それで、その次の日彼は、仕事場へ行きがけに、背負えるだけのものを、頭を乗り越すほどかついで来た。それから、昼の休みにもう一度戻って、今度は荷車に夜具から、鍋釜までのせて引いて来た。子供を負ったおまさが、三分心のランプや下駄や、壜《びん》を両手に下げて二三度往来すると、もう彼の引越しは済んでしまった。
そして荷を少し片寄せると、仰天するおまさを尻目にかけて、彼は悠々然と山沢さんへ、引越しの報告に出かけたのである。
ちょうどそのとき、奥さんに薄茶を立てさせていた山沢さんは、彼の簡単至極な報告をきくと、ちょっと驚いたように彼の顔を見た。が、やがて何か苦情を並べたそうな奥さんの口元を見ると、さも快さそうにニコニコしながら、相変らずおうように、
「それもよかろうよ、貴様の勝手にするがいい」
と云って、大きな頭を振ながら、ハハハハと笑った。
今までの家をどうするのかとも聞かなかった旦那様は、ちょうど出ていた東京下りの栗饅頭を三つ、仲よく食えと云って、彼にやった。
前へ
次へ
全51ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング