はや、何とも痛み入ったことには今が今まで、松の梢に悠然と構えて下司共の大評定も知らぬ顔に、夕風をあてていた朱塗のお月様は、その声が聞えると一緒に恐ろしくあわて始めた。
そして気の毒なほど、尖った葉っぱの上で、モジモジしたかと思うと、やがて思いきったように、一つ、クルリともんどりうつや否や、枝から枝へ、葉から葉へと、赤いまま、大きいままのお月様が、あろうことかコロコロコロコロまるで手毬のように転がり落ち出したではないか。皆はもう、あっけに取られてしまった。おかしいのだか、驚いたのだか訳も分らずに剥《む》いた沢山の眼の前まで落ちて来ると、御愛嬌のように、もう一つポンと弾んで、オヤともアラともいう間もなく、どこへか消えてなくなってしまった。
その速いこと、速いこと。
まるで、目にも止まらぬ早業に、うつけのようになった三郎爺の母親は、どういう気持ちだったのか、
「はれまあ……俺《お》ら……」
と、がっかりした口調で囁くなり、ちょうど気抜けのように抱いていた三郎爺を、いやというほど地面へ落してしまった。
暫くは声も出せないで、ひきつけていた彼を、皆が驚いて抱きあげたときには可哀そうに、右
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