開墾事業に尽瘁《じんすい》した山沢さんのすることとは思われない。
 けれども、当事者であった三郎爺の断言によれば、後のことはどうだか分らないが、少くともそのときだけは、そうして計ったに違いないのだそうだ。
 いくら拡がっていても、荷担ぎをする三郎が、腰に幾尋《いくひろ》かの細引を結びつけ、尺度を持って湖へ入ることになった。

        八

 片手には先の方でフラフラするほどの尺度を突き、太い太い腰に細引を結びつけた彼は、夏とはいっても急にヒヤリとする水の中で、鳥肌になりながら、ザブザブと、まるで馬が水浴びでもするような勢いで深みへ深みへと進んで行った。
 底は細かい細かい砂である。
 一足踏むごとに埋まる足の甲へ、痒《かゆ》いように砂が這いのぼって来る。体は大きくても、度胸は大きいはずでも、子供のときから水に親みなく育った彼は、足元の動揺に、少からず不快を感じたらしい。初めの五六歩は、非常な威勢で行ったのが、だんだん緩《ゆっ》くりになって来た。
 細かい細かい砂、少し粗い粒、細かい礫《つぶて》から小石と順々に水は深くなって来て、腹の上あたりで、波が分れるところぐらいまで来ると下
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