はすっかりほんとの石になってしまった。
 体が重いから何だか滑りそうな気がして、泳ぎを知らない三郎の顔はだんだん真面目になって来た。
 水が美しいので底を透しては、のろのろ足を運ぶ。その一足ごとに深さが増して、もっとずーっと先まで行けることと思っていた彼も、山沢さんも意外に短距離で止まらなければならないことにびっくりした。そればかりでなく、現に足元をさぐりさぐり行った三郎は、思わずハッと息をのんだほど、気味のわるいものを見た。
 もう半歩ばかり先へ、若し進みでもしようものなら、もう二度と「今日様」は拝めなかったろう。底の石が断崖になって、それから先はまるで底無しのようである。
 尺度を支えに張って、そーっと覗いた三郎は、つい身ぶるいをしてしまった。まるで黒水晶の切り口を、縦に見たように、真黒く、けれども妙にすき通るような色を持った水の、厚い厚い層が見えるばかりで、底らしいものはどこにも見えない。
 三郎の心には、伝説的な恐怖が、微に蠢《うごめ》き始めた。で、大急ぎで、岸の方に顔を振り向けて、駄目だという示しに大きく手を振った。そして、一二歩後戻りをしてから、大きな声で、
「ここから先あ
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