波《さざなみ》立ちながら、五六艘の小舟を浮べて、汀《なぎさ》の砂にヒタヒタと寄せる水の色に、三郎は思わずホーッと云って首を傾げた。
山かげの涼しさとは、また味の違ったすがすがしい、潤いのある空気が小波の一襞ごとにどこからか送られて来ては、開いた毛穴に快く沁みて行く。
彼は荷物や何かを、ごたごたと皆傍へ下してしまった。そして布子の胸をはだけて、雲助のような胸毛を、しおらしく戦《おのの》かせながら、目を細くして風に吹かれた。
すぐ側から、ずーっとかなりの長さに突出している船着場の石垣に甘える水の音が、厚い彼の鼓膜に擽《くすぐ》ったい感じを与える。
あまりいい心持で、馬鹿になりそうだったというのは、ほんとのことだろう。
近所の見すぼらしい茶屋で、鯰《なまず》の干物という恐るべきものをお菜に、持って来た握り飯を食べると、荷を解いて最初に水深を計ることになった。
幾里四方という大湖の水深を調査するのに、たかが人間の背の立つところまで、不正確至極な尺度か何かで計ったということは、私にはどうしても信じられない。
いくら、まだちょん髷がざらにあった時代だとはいっても、あまりのんきすぎる。
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