だけの力を持っていた山沢さんを見出したことは、彼にとってほんとに仕合わせなことであった。
 彼はしばしば自分を満足するように使ってくれるのは、山沢さん以外にこの世界では一人もいないことを思う。そして、その人の死後の自分に、幾分か心淋しい想像をする。
 けれども、この感謝が一度脣から外へ出ると、旦那様だったりゃこそ、この俺がああして使われてやった。という言葉で発表される。
 そこがあくまでも彼である。臆面もなく愛すべき自負をひけらかすところに、彼の彼たる面目が、躍如としている。
 子供の時分、梁から下げた俵につかまって、和尚さんの杖を合図に真面目くさって、ボーンと鳴った彼は、このときもなお、そのときのような単純な、憎みようのない稚気を持っていたのである。
 彼が山沢さんに出入するようになってから二三年後、多分明治七八年頃のことだったろう。
 何かやはり事業の関係で、五六里山奥の或る湖水まで調査に行ったことがある。山沢さんと、下役二人とまたその下役である彼と四人の一行であったらしい。朝早く村を立って、昼頃目的地へつく予定で歩いて行った。
 その時分は、冬が今よりずっと寒かったかわりに、夏の
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