り、山沢の旦那様に心服していた。
彼は、主人の細密な心理状態などは知りようもない。ただ、非常に強情なことと、大まかなことと、彼をすっかり信用して、旅行へ出れば財布ごと金を投げ出して、「オイ、三郎、貴様にまかせたぞ、好いようにしろ」と云われることが、三郎の心の中に絶大の感動を与えたのである。
お前は偉いとか、見上げたとかいう言葉を、その人は一言も吐かない。ただ、大きな頭をコクリと縦に動かして、「よくしてくれたな」と云うだけだったのだが、その単純な、彼の心に滲みとおり易い心持が、彼にとっては自ずと忠勤を励ましたのである。
何か事業に関したことで、少し昂奮すると、彼はのそりと山沢さんの前へ出て来て、
「あなた、また何か憤っていなさるね、奥へ行かっしゃい、奥へ行かっしゃい」
と云う。すると、「誰の云うことも聞かぬ」山沢さんは、そうかと云って素直に立ちあがって、肩などは揉み潰しそうな、彼の手で按摩《あんま》をされながら眠ってしまう。
彼はもちろん、自分の言葉の力を山沢さんの持つ度量と比較することはしなかった。勢力の過信は明かである。
けれども、いくら彼が大きく拡がっていても、無遠慮では
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