どの人だから」という、一つの新しい貫目が彼についた。
 けれども、この黒狐を見た人は、その頃、夜道さえすれば、きっと狐に引きまわされるというめぐり合わせになっていて、多いときには、五里の道を来るうちに、六七度化かされそうになったことさえある。
 それも皆、始めから、化かされない用心に、自分の方から狐を詐《だま》しにかかっては、失敗したのである。
 そして、一番最後に、またどこかの狐が廻りはじめたときには――私は知らないが、彼の話によると、狐が人を騙す第一には、先ず或る距離を置いて、グルグルと体の周囲を廻って歩くのだそうだ。――さすがの彼もうんざりして、いきなりどさりと田の畔に腰を下して、煙草を喫《ふか》しながら、半分やけになって、狐を盛にやじったのだそうだ。
 すると、三四度、稲をがさがさいわせながら、廻ったあげく、彼の度胸に断念したと見える狐は、どこへか行ってしまったそうである。
 彼の意見に従えば、この年以後附近一帯狐はすっかり跡を絶ってしまったから、多分どこへか宿換えする名残りに、さんざん「あばけて」行ったのだろうということである。
 一人の娘の父親となった彼は、その頃もうすっか
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