と、なぜ烏が来ないのか私は知らない。けれどもそこへ村を作るという噂を聞いたときには、皆が嘲笑せずにはいられなかったほど、荒漠たる処であったのだそうだ。
 ところが案外なことには、彼がまだ、「屋大工」の手伝いのようなことをして、親方の伴をしながらあっちの小屋こっちの隠居所と作って歩いているうちに、あんなに草|蓬々《ぼうぼう》としていた処には、いつともなく目鼻がついて来た。
 そして、年季をしまって家に落着いた頃には、そろそろと移住民も姿を見せるようになり、今では寂寞として全く「狐蘭菊の花に隠れ住」んでいたところには、微かに人間の音が響き始めた。
 時によれば、馬鹿な同胞《きょうだい》ぐらい、親しみのあるものに思われていた「ならずもの」も、だんだん彼等の位置を明かにされ始め、火繩銃の犠牲になったり「落し」に掛ったりして、化かす暇もなく皮を剥がれ、煮て食われるようになって来る。
 他国者が集るので、噂の範囲は広まって、「江戸」での事件などは、わずかずつでも流れ込んで来る。独り三郎のみでなく、村全体の空気が一道の生気を吹き込まれてパッと燃え上ったような、状態になって来たのである。
 すると、彼
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