こっちの端にある大きい広間《ザール》は人で一杯だ。さっぱりしたオカッパの頸へ赤い襟飾をかけたピオニェール少女。手に何かプリントをもってその少女と話してる年長のピオニェール少年。芝居行の靴下をはき、オカッパの上へセルロイド櫛をさした若い細君が、時々気にしては新しい藤色フランス縮緬の襟飾に手をやりながら、紺のトルストフカの亭主によりそって四辺を見まわしつつ散歩している。
“905”日本女の受けとった外套防寒靴預番号の真鍮札。
 外にあんな雨と暗い道があるとは思われぬ。
 絶えず人が登り降りしている大階段を日本女は二階へあがって行った。
 とっつきが国防科学協会《オソアビアヒム》の研究室だ。壁にかかってる毒ガス演習の実写、飛行機図解、銃器図解の前へ数人若い男女がかたまって案内の豆電燈をつけたり消したりしているのが見える。「帝国主義トファッシズムニ対抗セヨ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」赤いプラカート。
 戸のしまった種々な研究室が並んでる。が、日本女はモスクワ一大きい鉄道従業員組合のクラブで、今廊下の見学してはいられないんだ。監督を見つけ出さなければならない。今夜の催しのために、彼女のとこ
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