モルカらしい労働婦人が足を揃え、雨をかまわず熱心にしゃべりながら歩いて行く。こんなことを云ってる。
――馬鹿なのよ! あいつ!
――馬鹿って云うより、無自覚だ。だって、もうあの職場じゃ九十五パーセント突撃隊《ウダールニク》じゃないか!
ソヴェトのプロレタリアートは雨傘なんてなしで「十月《オクチャーブリ》」をやりとげた。一九三〇年、モスクワの群集中にある一本の女持雨傘は、或る時コーチクの外套《シューバ》ぐらい階級性を帯びるのだ。
歩道の上でかたまってる人影が見え出した。鞣防寒帽子の耳覆いを、赤い頬っぺたの横でフラフラさせた男の子が日本女をつかまえてきいた。
――切符もってない?
又一寸行くと、
――余分な切符もってませんか?
巴里コンミューンの記念祭の夜、ルイコフの名によるクラブへ行ったときも、クラブの入口にいくたりも主に青年がかたまって、来る者ごとに訊いていた。特別な催しがあるときモスクワのクラブでは入場券がいるのだ。
車寄から劇場そっくりにいくつもの厚い硝子扉が並んでいる。日本女は体じゅうの重みをかけそれを押して入った。バング!
ほ、暖い!
外套ぬぎ場があっちと
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